講演レポート

「ウェルビーイング時代に求められるこれからの働き方とは」

本レポートは、2022年9月28,29日に開催された、「ウェルビーイングリーダーズサミット by ミキワメ」の基調講演の文字起こしです。ウェルビーイングを牽引する様々なリーダーにご登壇いただき、組織に関する様々なテーマとウェルビーイングの結びつきについてお話しいただきました。

:皆さんこんにちは。ただいまご紹介いただきました慶応の鶴です。本日は「ウェルビーイング時代に求められるこれからの働き方とは」というタイトルでお話しします。どうぞよろしくお願いします。

本日の話の流れです。これからの働き方を考えるということで、すでにこれまでも働き方改革などが行われてきました。私は過去30年間における大きな環境変化のなかで、なかなか日本の雇用システムが新しい働き方に対応できていないという問題意識をずっと持っていました。

過去30年を振り返り、何ができていなかったのか、そのなかでなぜジョブ型雇用が大事なのか、その点についてまずお話をしていきます。

また、コロナ禍になってテレワークが当たり前のものになりましたが、まだまだテレワークについても色々な誤解があると思っています。この点についても、現状やポストコロナに向けてどういう取り組みが必要なのか、どういう課題があるのかを話していきます。

それから、本日の大きなテーマであるウェルビーイングの話です。今の働き方を考えるうえで、ウェルビーイングというキーワードが最も大切だという思いを強くしています。最近の分析も含めて、私自身がこの問題についてどう考えているのかを話していきます。

最後は、性格スキルの話です。政府も人への投資、リスキリングに注目しています。私自身、特に性格スキルに着目していて、これが大事だとこれまで主張してきました。最後にこの話をしたいと思います。

日本固有のメンバーシップ型雇用の特徴と課題

過去30年間、大きな4つの変化がありました。日本の雇用システムについて考える場合、やはりメンバーシップ型雇用をしっかり理解する必要があると思います。欧米や他国と異なり、日本固有のものなんです。

その中には、長期雇用や年功型賃金という要素が入ってきますが、新卒一括採用も大きな特徴のひとつです。職務・勤務地・労働時間が限定されずに、様々な部門で経験を積んでいきます。「雇用契約は空白の石版」といった言い方もされていますが、こうした特徴を持っているわけです。

皆さんも実感しているように、企業への帰属意識は非常に高い傾向にあります。チームワークに優れた同質的な人間の集合体ということで、要するに従業員の思考や行動のベクトルを揃えやすい。企業における部門間の綿密・円滑な連携や調整を可能にしてきた情報・コーディネーションシステム。こういうものと一体となっていました。

この仕組み自体は、素晴らしい仕組みです。特に80年代までの環境下では、うまく機能してきたことは確かです。しかし、過去30年ぐらいの中で大きな環境変化が起こり、それに適合できていません。適合していないにもかかわらず、適応に向けた抜本的な改革が先延ばしにされてきました。ここが一番大きな問題だと思っています。

マクロ経済を巡る環境変化

それぞれの環境変化を見ていきましょう。まずは、マクロ経済を巡る環境変化についてです。80年代まで、まさにマクロ経済の高成長・安定性がありました。雇用戦略を見ると、やはり成長すれば年功型賃金はやりやすいんです。それから、「うまくいって当たり前」「前例踏襲」「減点主義」といった考えが中心となっていました。ほかにも、同質的な人材による密接なコミュニケーションということで、まさしくメンバーシップ型雇用の特徴を有していました。

企業戦略も非常に横並びです。企業も産業も経済も成長していくため、安定的にパイを分け合うことでいいじゃないか、という考えです。イノベーションもなるべく継続的・漸進的な品質改良を行う。同質的な商品を品質向上させて低価格で売る、大量生産で売る。これが市場を拡大するポイントでした。

また、全体的には、非常に長期的な経営視野のもとで、継続的・相対的な取引が行われてきました。

それでは、過去30年の新しい環境はどうだったのでしょうか?皆さんもご承知のとおり、マクロ経済は低成長になり、安定的な高成長・市場拡大が期待できなくなりました。不確実性も増加しました。VUCAという言葉があるように、不確実性の高い世の中になっています。ほかにも「想定外」という言葉が日常化していますよね。世界経済危機、大震災、新型コロナウイルス、ウクライナ侵攻といった事態が、日々起こる時代となっています。

そうすると、これまでの戦略は当然機能しません。順送り人事やメンバーシップ型を見直す必要があります。また、独創的な企業戦略が必要です。とにかく抜本的・破壊的なイノベーション……、ディスラプションとも言いますが、そういうものを生み出す個人の力、構成員の多様性、ここなんですね。同質的でない多種多様で成長できる人材を、いかに生み出すかが求められている状況です。

労働力を巡る環境変化

2番目の大きな変化は、労働力を巡る環境変化です。かつては豊富な若年労働力がありました。企業の人員構成を見ても、キレイなピラミッド型でした。後払い型賃金もやりやすく、新卒一括採用もスムーズに行えていました。まさにメンバーシップ型の特徴といえます。

新しい環境では、少子高齢化や人口減少、女性の社会進出が活発になりました。女性や高齢者の労働参加の量的・質的拡大を進めていかないと、間に合わない状態なんです。

メンバーシップ型というのは、男性の働き盛りがメインプレーヤーです。こういう仕組みは、やはり見直す必要があります。従業員の立場から見て、メンバーシップ型は非常に単一的・同一的な働き方です。これからは、多様で柔軟な働き方、後払い型賃金の見直しといった点をしっかりやらないと、難しい状況だといえるでしょう

資本を巡る環境変化

3番目は、資本を巡る環境変化です。80年代までは、とにかく物的資本が生産性や成長を上げる要素と認識されていました。そのなかで、資本主義の基本的な考え方として、資本家と労働者の対立があります。労働者はコストだという考えです。そこが発想のポイントなのですが、それを前提とした雇用人材管理が行われてきました。

新しい環境では、どう変化していったのでしょうか?単に設備を新しくしたり、工場をどんどん建てる話ではなく、人的資産や無形資産が重要になっています。同時に、資本家と労働者の対立概念が陳腐化してきています。その点を認識しなければいけません。当然のごとく、政府も一生懸命「人への投資」を促進しようとしています。人的投資・無形資産への投資促進が求められている状況です。

また、人の投資が必要な一方で、このような大きな環境変化に対しては、従業員のウェルビーイングを高めることも非常に重要だと認識しています。

テクノロジーを巡る環境変化

4番目は、テクノロジーを巡る環境変化です。80年代までの情報革命以前は、とにかく人力を活用してきました。時間と場所の同一性を前提とした働き方で、みんな職場に来て働いていました。また、人力で情報コーディネーションシステムを構築していました。特に日本の大企業は、欧米に比べても高い効率性を有していました。これが日本の競争力を支えていたのだと、私は理解しています。

新しい環境では、ICTやAIの発展がありました。時間と場所の同一性を前提としないテレワークのような働き方が可能になりました。また、デジタル化を徹底活用した情報コーディネーションシステムが求められています。しかし、「日本は人的でやってきたから大丈夫だろう」という考えにより、どんどん遅れを取りました。一方、人力による情報コーディネーションが得意でなかった欧米は、90年代からICTを活用した情報コーディネーションを進めていきました。この差が非常に大きいと思います。

それだけではなく、ペーパーレス化とずっと言われていますが、大企業でも案外できていません。これを徹底すると何ができるかというと、仕事・プロセスの成果を見える化・共有化が可能です。

そしてAI。「人間の仕事を奪うのでは?」という懸念をずっと言われていますが、むしろ最近、AIを使っている企業のほうが雇用創出が大きいという学術的な結果も出てきています。人間との補完関係をどう作るのか、こうした点を考えていく必要があるでしょう。

なぜ、ジョブ型雇用なのか

そうしたなかで、ジョブ型雇用。これもコロナ禍になってから取り上げることが多くなりました。大きな環境変化に直面し、メンバーシップ型では適用できない現状という話をしました。

一番重要なのは、女性や高齢者の雇用を増やしたり、多様で柔軟な働き方を取り入れたりすることです。その中にジョブ型が核心としてあるのですが、それらを進めるだけでなく、人材についても考えていく必要があります。

これまでのメンバーシップ型は、組織への忠誠心と自己犠牲を重視していました。評価基準も、組織に対してどれほど自己犠牲できたか?という基準でした。私はこれを「我慢大会」と呼んでいます。我慢大会を勝ち抜いただけの従順な人材なんです、評価される人は。それで抜本的なイノベーションを起こせますか?ということを申し上げたいわけです。

求められる人材のイメージ

これから求められる人材のイメージは、抜本的なイノベーションを志向し、どこまでも成長していく「尖った」人材です。従順な人材も、いなくなると企業は困ります。しかし私は、尖った人材が日本で生きづらかったのが、これまでの問題だと思っています。

試行錯誤を繰り返し、過去や前例にとらわれずに新たな価値を生み出していく。そうしていこうと思える人材が求められているのです。特に人材のイメージとして、私は2つの「ジリツ(自立・自律)」が重要だと思っています。

要するに、企業と良い緊張関係を保てる人材です。それが企業に貢献できる人材だと強く思っています。こういった人材は、自らのキャリア形成を企業に委ねず、キャリアの「ジリツ」が必要と考えています。最近では新卒の人たちも、こういう考え方をする人が増えています。ただし、今のメンバーシップ型では、求める人材を集めるのは不可能です。

ということで、職務を限定したジョブ型雇用がどうしても必要になってきます。必然的にジョブ型になっていくということです。2つの「ジリツ」は、実はテレワークとも補完的な関係があります。

ジョブ型の「真実」

ジョブ型の真実ということですが、これはジョブ型をどう考えるかということです。皆さんの中には、職務が限定されているだけでジョブ型と考える方もいるかもしれません。私自身は、広義のジョブ型雇用の定義として、職務限定・勤務地限定・労働時間限定のいずれかを含む状態、または3つとも含む状態をジョブ型とみなし、そうでないのはメンバーシップ型と考えます。

要は、メンバーシップ型をいずれかの切り口から切り崩していかないといけない。少しでも変えていくのがジョブ型だと申し上げています。ある意味、職務限定の厳密なジョブ型ということになりますね。そこでの1番大きなポイントは、採用と異動です。

採用・異動は全部公募制です。社内の場合も公募になります。日本の中では社内公募制などが出てきてはいるのですが、今の人事にとって非常にハードルの高いやり方です。

もう一つ大事な点として、ジョブ型雇用はもともと欧米の雇用の原点だということです。最初は産業革命、資本主義という形で勃発していく。そうしたなかでの工場労働者の働き方において、一番のポイントは徹底した分業体制です。それによって生産性を高めます。

分業するためには、非常に職務範囲が狭くなります。それから、賃金は完全職務給です。査定もなく、訓練もありません。これが欧米の雇用の原点なんです。もちろん、今はタイプによって変わってきていると思いますが、原点はここにあります。テーラーリズムやフォーディズムなどと言われていますよね。

皆さんも、チャップリンの「モダン・タイムス」という映画をご覧になったことがあるかもしれません。そのなかで主人公は大きな機械の歯車に巻きこまれ、まさに自分も歯車の一部みたいになるわけです。

私は小学生の時、初めてこの映画を観ました、非常に印象に残っています。まさにこういう世界なんです。キラキラしてませんし、古臭い。この原点を忘れてジョブ型の話はできません。

ジョブ型の「誤解」

「ジョブ型は誤解されている」と申し上げたのですが、要するに日本的な雇用以外の要素は、全部ジョブ型に入ると言っている人が多いんです。具体的な例としては、ジョブ型だと解雇が自由だと思われています。アメリカはそうかもしれませんが、大陸欧州は、ジョブ型でも解雇は自由ではありません。むしろ日本よりも解雇規制が厳しい状況です。

ジョブ型は成果主義だという話もあります。しかし、古典的な出発点として、ジョブ型は厳格な職務給なんです。これがあまりにもガチガチなので、色々なことを見直そうとアメリカで成果主義という考えが出てきました。原点にあるという話ではありません。

テレワークではジョブ型が必要という誤解もあります。あとでお話ししますが、テクノロジーを徹底活用すれば、今の働き方でもテレワークで十分なパフォーマンスが発揮できます。それから、いわゆるジョブディスクリプションや職務記述書。こういうものがあるからジョブ型だ、と言っている方もいます。

契約で定めないと駄目なんです。職務記述書であっても、どんどんそれを変えていけます。そうすると、結局「色々なことをやってもらいます」という話に落ち着いてしまう。最初から機能しないことは目に見えています。

ジョブ型雇用の更なる普及・推進には何が必要か?

それでは、ジョブ型雇用のさらなる普及・推進には何が必要なのか?色々な限定性を見ていくと、労働時間の限定や、勤務地の限定が例に挙げられます。最近では転勤も、辞令一本で「あそこにいけ、ここにいけ」と言い渡すことが難しくなってきています。従業員の希望を聞くこと、このへんもウェルビーイングに関係してきます。

最後は職務限定のジョブ型になっていくと思いますが、日本的雇用の入り口と出口で適用を考えるのが大事だと思っています。大卒文系を例に挙げると、入り口の時点でジョブ型採用は難しいと思っています。

一方で、出口。実は定年を迎えたら、みんなジョブ型なんです。メンバーシップ型ではありません、同じ給料でも。そうなると、もっと早くから準備をしないとシニア雇用がうまくいきません。そのため、「途中からジョブ型」が大事だと思っています。シニアの雇用拡大、女性活躍、優秀な若手の採用がカギになるでしょう。

定年を迎えるもっと早い段階でジョブ型に転換しておかなければ、スムーズな転換ができません。また、女性の就労促進では、女性がどうこうではなく、男性の働き方が変わらないと、それをサポートしていくのは困難です。そして、若者は「キャリアのジリツ性」を求めています。彼らもジョブ型という形にしていかないと、夢が実現できません。

ポストコロナ時代のテレワーク課題とは何か

これから少し、テレワークの話をしていきたいと思います。安倍政権ができた当初、規制改革会議の委員になった際に、政策面でテレワークが大事だと打ち出してきました。テレワークの重要性については、新型コロナウイルス発生前から話をしてきた状態です。

要するにテレワークというものは、働き方改革とテクノロジー活用の「一丁目一番地」だということです。働き方改革やダイバーシティに取り組んでいる企業は、コロナ発生前からやっています。まさにリトマス試験紙です。先進的な取り組みをしている企業は、テレワーク対象者に制限がありません。

テレワークの導入は、介護や子育てといった理由からではないのです。従業員が自由に働く場所を選ぶことが、創造性や生産性を高めるのだと明確に位置づけるべきです。かつては「テレワークは制限がかかりやすいから無理だよね」と言われていました。でもそれは、情報革命の前の話です。今では、テクノロジーを利用すればデスクトップ上で職場を再現することが可能です。

コロナ危機が明らかにしたもの

新たなテクノロジーの活用や多様で柔軟な働き方、できていません。だからテレワークもできません。コロナ危機が、これらを抜本的に進める好機ととらえるべきでしょう。

コロナ禍のテレワークには、7つの課題があります。1と2に書いている話は、非常に大きな話だと思っています。テレワークがうまくいかない理由は、ほとんどが物理的・技術的・制度的なインフラ不足が原因です。

企業側のインフラとしては、デジタル化やペーパーレス化ができていません。ツールの整備もできていません。さらに、職場と同様の企業の情報へのアクセス、これもできていません。また、大企業でも多かった問題が、従業員側のインフラです。通信環境の悪さ、住環境の悪さがテレワーク浸透を妨げていました。

インフラがきちんと整備されれば、職場と同じような環境を作れます。まさにインフラの重要性なんですね。また、インフラが重要とはいっても、実は慣れるのに時間やコストがかかる。コロナ禍になって皆さんも感じたかと思いますが、インフラが揃っていたとしても、人間は新しい環境に適応するのに慣れが必要です。

次の3つの課題、コミュニケーション不足、信頼感・一体感の不足、雇用管理制度の不適合。これは全部、必ずしもテレワークの課題ではありません。コミュニケーションも、実は暗黙知でもビデオ会議で案外伝えられます。「部下を評価できない」というのは、デジタル化の活用、アウトプットやインプットの見える化ができてないことが原因といえます。

それから、会議や打ち合わせのように「あらかじめ計画され、手順や進め方が決まっているようなコミュニケーション」。これはビデオ会議で全部できるはずなんです。一方、雑談やアイデアの創出とか、予定されていないコミュニケーションは、難しいですよね。なかなかうまくいきません。

ただし、先進的な取り組みをしている企業は、いかにリモートの世界に理想の環境を作るのか考え、取り組んでいます。たとえば、リモートでも社内メンバーに、自分が今どういう状況か伝えられる仕組みや、ビジネスチャットツールを活用して、社員間で色々な話し合いができる体制づくりなどが挙げられます。

信頼感・一体感の話もそうです。コミュニケーションがちゃんとできれば問題ありません。信頼感の形成としては、やはり従業員自ら自身の状況を見える化し、開示することが大切です。それから、テレワークをジョブ型にしなければ駄目なのでは?という議論もありましたが、必ずしも成果主義にする必要はありません。しっかりインフラ整備を実施し、コミュニケーションをきちんと取る。こうすれば解決できます。

次に、リモートではなかなか難しい部分が、2点あります。まず、インフォーマルな親近感形成やソーシャリゼーションが困難です。インフォーマルというのは、飲み会や食事、プライベートアクティビティ、または気軽な話を通じて親近感は生まれますよね。インフォーマルな交流をきっかけに、上司への見方が変わった経験が皆さんもあると思います。これについては、リモートではなかなか難しい。

それから、新人が組織になじんでいくプロセス、これもなかなか難しいものです。価値観を学んでいくのは難しいものがあるなと。ただし、現在企業のなかでは、メタバース、アバターなどを使い、仮想空間の中でこうしたアクティビティを色々実施しながら、色々な取り組みをしています。

上司が動物の格好になったり、若い女性の格好になったりしながら話をすると、色々なバリアが取れますよね。皆さんも想像できるのではないでしょうか。

それから非常に大きな話として、日本の雇用システムに潜む大部屋主義・対面主義があります。メンバーシップ型というのは、同じ時間・同じ場所でとことん同じ釜の飯を食う、そしてあうんの呼吸を学ぶということなんですよ。人力で行うので、暗黙知を活用します。

同じ時間、同じ場所を共有することに対して、ものすごい価値観を持っているわけです。特に50代、60代以上の上司はそうです。「だからテレワークは駄目だ」「職場に来なきゃ駄目なんだ」といったことを言うわけですよね。ここにも大きなバイアスがあると思っています。

在宅勤務利用率

これは日経の「スマートワーク経営」調査です。上場企業700〜800社くらいを対象にして実施しました。実はトップクラスの上場企業でも、在宅勤務制度の導入は進んでいましたが、使われていなかったんです。全体の1割ちょっとぐらいでした。それが一気に5割〜6割と利用率が跳ね上がりました。

少し細かい分析ですが、在宅勤務率が高い企業は、パソコンなどをちゃんと配布しています。こういうインフラ整備が大事で、コロナ前から働き方改革を一生懸命やっていた企業も存在します。「従業員がいなくても大丈夫」「副業しやすく、休暇が取りやすい環境」。こういう企業の在宅勤務率は高い傾向にあります。

在宅勤務の難点

在宅勤務には色々な難点があるという話をしていきます。グラフ左側が環境面の課題で、2020年と2021年を見比べると状況が改善してきているんです。一方、グラフ右側はソフトな課題についてです。「信頼感が得られない」「コミュニケーションが取れない」といった課題があります。ソフト面の課題は、できるはずだけどなかなか改善できない、という状況が見てとれます。

続いて、上場企業の従業員ベースの調査結果です。新型コロナウイルス発生前は年に数回程度の在宅勤務利用率であったのが、コロナ発生後は週に3回程度と増加しています。また、コロナ収束後の在宅勤務を、週2〜3回続けていきたい人の割合が多いという結果でした。

実は週4〜5回在宅勤務している人たちは、コロナ収束後も続けたいと思っている人が多いのです。一方、「なかなか在宅勤務が難しい」と思っている人も2割ぐらいいます。二極化している状況といえるでしょう。

今度は企業ベースから見た在宅勤務状況です。青線の棒を見ていただくとわかるように、3〜5割の在宅勤務実施率にしている企業が一番多い結果でした。赤線の棒は、企業が理想と考える在宅勤務実施率を示しています。これによると、「週に2日程度」を最適と考える企業が多い結果でした。

それでは、従業員側がコロナ収束後に在宅勤務を増やしたいのかを見ていきましょう。「変わらない」と思っている人が一番多いのですが、グラフを見ていただくとプラスのほうが少し割合が高いですよね。これは、在宅勤務比率を引き上げたいと思う人が、そうでない人より多いということなんです。

まとめです。やはり各種制度の進展、物理的・技術的インフラ整備は進んでいます。コロナ発生前から働き方改革、人材活用策を取り込んでいた企業が前に出ている状況です。そして、「コミュニケーション不足」「意識改革」といったソフト面の課題は、できるはずだけれども、課題解決に遅れが見えています。

今後については非常にはっきりしています。在宅勤務比率を同程度に維持しようと考えている企業や従業員は、4〜5割と多数です。企業側は、どちらかというと引き下げたい割合が高く、従業員側はむしろ引き上げたいと思っている人の割合が高い状況です。

実際に感じている方も多いかと思いますが、企業と従業員の間で考え方に差が出てきています。そして、その差が今後大きくなる可能性もあること、これが今後の課題です。このギャップにどう対応していくのかが重要だと思っています。

なぜウェルビーイングの時代なのか

それでは、今日の主題に移っていきます。「なぜウェルビーイングの時代なのか?」というお話です。日経のスマートワーク経営、スマートワーク経営調査に2017年くらいから携わり、5年ぐらい取り組んできています。企業と色々話をしたり聞いたりしているなかで、働き方改革の進化に対するイメージをこのように抱いています。

最初は皆さんご承知のように、働き方改革といえば長時間労働の削減と言われてきました。ですが、単に残業時間を減らせばいいのでしょうか?状況が同じであれば、アウトプットは減少してしまいますよね。つまり、時間あたりの生産性向上が大事ということです。

こうした指摘を、2017年の「働き方改革実行計画」が出てきたときに申し上げました。民間も政府も、「働き方改革と生産性の向上は両立する必要があるんだ」という意識を、割と早い段階で持てたと思います。

しかし、働き方改革と生産性向上を両立させようとしている一方で、なかなか業績に反映されてない部分がありました。「なぜだろう?」と考えていくと、従業員の理解・やりがいに結びついていないことが原因だと思います。従業員が変わっていかないと、企業の業績も変わっていかない。ウェルビーイングというのは、肉体的・精神的・社会的に良好な状態ということですが、ここに結びつけていかないと駄目なんです。

要は働き方改革とウェルビーイング、企業の業績を全部向上させる必要があります。この点はコロナ前から申し上げています。

働き方改革と生産性向上の両立

働き方改革と生産性向上の両立の前段階を考えると、効率性の向上、時間帯の生産性向上のためにはICTの活用が重要です。また、生産性の向上に必要な創造性を発揮していくためには、ジョブ型やフレックス制度といったように、多様で柔軟な働き方が必要となります。

それからテレワークです。時間や場所にとらわれない、集中できる働き方ですね。ほかにも欠かせないのが、休息や休暇をしっかりとっていくことです。こうした点は、実は全部結びついています。コロナ禍になり、こういうことが大事だと認識が強まっている状況です。

従業員のウェルビーイング向上

最近の波に従って、従業員のウェルビーイング向上は、特に超優良企業を中心に、多くの企業で取り組みが進んでいる状況です。

従業員のウェルビーイングを高めて企業業績を高めようとする、明確な意図が出てきているように思えます。ウェルビーイングというのは、肉体的・精神的・社会的に良好な状況です。やりがい、ワークエンゲージメント(熱意、活力、没頭)といった要素を含む広い概念と認識して頂ければありがたいです。

従業員のウェルビーイングと企業業績との関係

従業員のウェルビーイングが高いと、本当に企業の業績は高まるのでしょうか?スライドのグラフは、スマートワーク経営調査や研究会などで一緒に研究している山本先生が実施した分析の引用です。従業員のワークエンゲージメントが高い企業は、利益率が高いという結果が出ています。ほかの要因を考慮しても、特に売上高利益率が高い傾向があります。

もちろん因果関係は分析の課題のひとつです。しかし、ウェルビーイングを向上させる健康経営の取り組みでは、因果関係も含めて企業の業績を高める傾向が明確に出ています。

従来型の能力開発や人への投資も大切ですが、むしろ企業の業績を高めるためには、人への投資よりもウェルビーイングを高めたほうが結果として近道だと思っています。

従業員のウェルビーイングの決定要因に関する分析

スマートワーク経営調査を使った私のグループ分析を少し紹介します。ウェルビーイングには、「ワークエンゲージメント」「仕事のやりがい」「企業の定着志向」「肉体的健康」「精神的健康」といった要因があります。ウェルビーイングにどのようなものが影響を与えているのか、有意なのかを見ていくわけです。

在宅勤務利用度の高い人は、ウェルビーイングが高くなっています。働き方改革でもそうです。「多様で柔軟な働き方」「ワークライフバランス」「働きがい」「モチベーション向上」「人材確保・定着」のいずれも、ウェルビーイング指標が高まっています。

ほかの要因としては、「DXを中心としたテクノロジーの導入」「勤務先の経営ビジョン・経営戦略への共感」「自己変革的な職場の雰囲気」などが挙げられます。先ほど申し上げた「イノベーション、成長志向、自立・自律志向」といったものが職場にあると回答している人は、ウェルビーイングが全部高い傾向です。

非常に明確な結果が出ています。ですので、こういうことをしっかりやれば、ウェルビーイングを高められるとデータが示しています。

資本家と労働者の対立の考えが陳腐化しているという話は、「ウェルビーイングを高めることで企業の業績が高められる」という話に繋がっていくわけです。まさに、人がすべての価値を生み出す根本になっていることを、我々は気が付かなければいけません。

パーパス経営で従業員に一体感を

先ほど、「企業の経営方針に共感すると、ウェルビーイングが高まる」という話をしてきました。ほかにも、とがった人材や多様性が必要だとも話してきました。こうした人材が揃っていかないと、企業は業績を上げられない時代になったと思います。

ですが、そうした人材ばかりだと、組織はバラバラになってしまいます。この点は重要なポイントです。組織を束ねるものはなんでしょうか?かつては、同じ釜の飯を食べるということでした。これからは、そうではありません。私は、パーパス経営で従業員に一体感を持たせるべきだと思っています。

企業がどのような社会貢献を目指しているのかを従業員へ伝え、企業のビジョンとパーパスへの理解・共感を得ます。パーパス経営がなぜ重要なのかというと、お金や地位によって人間の根源的なモチベーションを高めるのには、限界があるからです。

自ら提供する価値を誰かに必要とされ、社会的に評価される。そうした喜びは、お金や地位を越えていきます。なぜアーティストやスポーツ選手は、お金や地位があってもそれ以上頑張るのでしょうか?そういうことを考えてみれば、明確です。NHK のプロフェッショナルに出てくる素晴らしい方々、皆さんそうです。パーパス経営は、多様性を束ねるだけでなく、優秀でイノベーティブな人材を引き寄せる効果があります。

したがって、経営者はパーパスをしっかり伝えていくべきなのです。コロナ禍において、経営者が従業員へこの辺をしっかり発信できていて、従業員のウェルビーイングをしっかり認識している企業は、ほかとの差がついている印象を持ちます。

「新しい資本主義」とは

よく「新しい資本主義」と言われますが、従業員のウェルビーイングを向上させていき、社会貢献を明示していくパーパス経営は、優秀な人材採用に繋がります。こういうものをコストと考えるのは、古い時代です。

企業の利潤最大化・価値の最大化と矛盾しません。両立できるものなのです。「情けは人の為ならず」という言葉がありますが、私はここが非常に重要なポイントだと思っています。

なぜ性格スキルが重要か?

最後に、なぜ性格スキルが重要かという話をしていきます。

人事業界では、まさに今「人的資本経営」がキーワードになっています。人への投資、リスキリングがバズワードになっている状態です。これまで申し上げたように、物的資本から人的資本・無形資産への移行が大事になってきています。

過去や海外と比べてみると、日本の企業は人への投資が過小だとデータで指摘されています。また、急速な技術革新によりスキルの陳腐化が早まっているのも、世界的な共通認識です。

人への投資といっても、どのようなスキルを高めるべきかがはっきりしていません。AI時代は、全員がプログラミングを覚える必要があるのでしょうか?それとも、データサイエンティストを増やせばいいのでしょうか?根本的な問題として、ジョブ型でなければ、どのようなスキルが必要なのか議論が深められません。

そうした問題点が脇に置かれて、議論が進んでいる印象を受けます。「スキルをどんどん高めなければ」といっても、実際にスキルが活用できる職場でなければ、その人の賃金は伸びていきません。宝の持ち腐れになってしまいます。スキルを有した人材を、しかるべき場所に配置することが大事だと思います。また、「人への投資はいつ頃効果出てくるのか?」という話もあります。

私は、もう少し汎用的なスキルを考えていく必要があると考えています。企業から「訓練やスキル育成を実施しても、従業員が会社から去るのでやっても意味がない」と言う声があります。でもそれは、逆なんです。こうした取り組みをどんどんやらないと、いい人を集められず、定着もできない。そういう認識だと思います。

性格スキルとは?

性格スキルの従来の定義は、学力テストで測れる能力である「認知能力」と、測れない能力「非認知能力」に二分されていました。現在では、人生の中で伸ばすことが可能なスキルということで、「認知スキル」「性格スキル」と言われるようになっています。

そのなかで、個人的形質を5つの次元に集約させたものを「ビッグ・ファイブ」と呼びます。開放性、真面目さ、外向性、協調性、精神的安定性、こうしたものが人間の性格を構成しています。

色々な定義がありますが、一言で言うと「開放性」は好奇心です。「真面目さ」は略語が難しいのですが、野心を持ち、目標に向かって自らを律しながら、どんな困難があっても粘り強く努力していく資質のことです。

「外向性」は社交性・積極性を表します。「協調性」は相手のことを思いやることで、「精神的安定性」は言葉のとおりです。

仕事のパフォーマンスとビッグ・ファイブとの関係について

ビッグ・ファイブが、実は仕事のパフォーマンスと密接に関係しています。海外の様々な研究を総合的に評価した研究がこちらです。グラフが示すように、一番関係が深いのは「真面目さ」、その次が順に「外向性」「精神的安定性」「協調性」「開放性」といった結果になっています。

実はこの「真面目さ」は、大きな意味を持っています。また、「精神的安定性」も非常に大事だと言われています。ここに書いている自力本願とは、専門用語で「統制の所在」と呼びます。行動や評価を、他人のせいにしないということですね。

それから、自分を大事にする「自尊心」、こうしたものが実は賃金に大きな影響を与えていると、海外の研究が明らかにしています。まさに、学歴を超えたものが影響を与えているということです。

ビッグ・ファイブと平均時給との関係

これは、我々の日本のデータを使った分析です。右側に上がっているのは、それぞれの性格スキルが強いほど、賃金が高くなる傾向を意味しています。「協調性」には関係が見られませんが、ほかの要素の性格スキルが上がると賃金が高まる傾向があります。

グリッド(=やりぬく力)、自尊心、自力本願。こうしたものも賃金と相関があります。どういうものが賃金を高めるのか、厳密に見ていくと、研究によって多少異なります。我々のグループだと、自尊心が大事だという結果が出ています。

成年になって伸びる性格スキル、伸びない性格スキル

性格スキルは、成年になっても伸ばせます。年代ごとの性格スキルの伸びを見てみると、「社会的優越性」「協調性」「真面目さ」「精神的安定性」が伸ばせると言われています。

「開放性」「好奇心」、これらは伸ばすのが難しいんですよね。なかなか成年になって伸ばすことはできません。

我々が日本のデータを使った分析でも、海外の研究と似たような結果が出ています。オレンジ色が「協調性」、黄色が「精神的安定性」、グレーが「勤勉性・真面目さ」を表しています。これら3つは、年代と共に上がる結果が出ています。しかし、やはり「開放性」は伸ばすのが難しいという結果でした。

私は、就労期でも性格スキルは伸ばせると思っています。職場の円滑な人間関係は、非常に大事です。組織で仕事する必要があるためです。自分一人で完結できるものは、限られています。したがって、思いやりを示す「協調性」、社交性を示す「外向性」、心が穏やかな状況を示す「精神的安定性」、これらは伸ばしていけます。

また、年代を重ねるごとに伸びていく要素もあります。職場では自分で道を切り開き、答えを見つける必要がある。レールが引かれているわけでも、答えがあるわけでもないんです。「困難を乗り越えていく力」が大事です。企業も重視しています。「真面目さ」ともいえるでしょう。

私はどれか1つに着目するのではなく、総合的にバランス良く伸ばすのが大事だと思っています。

企業における性格スキルの育成をどう考えるか

先ほど申し上げたように、イノベーティブな人材、とがった人材、成長できる人財、そしてキャリアの重要性を考えている人材は、成長を大事にしています。成長したいんです。「この企業で成長できるのだろうか?」という点を、重視しています。

まさに成長を考えるうえで、性格スキルの育成は欠かせません。企業は従業員のライフステージに応じて、成長の場を設ける必要があります。

また、人事評価に関しても見直しが必要です。「今どういう結果を出したのか」ではなく、「その人は成長できているのか」「今後とも成長できるのか」といった点を評価していくことが重要になると思います。

実はこうした性格スキルは、AI時代ということを考えても非常に重要です。先ほどご紹介した山本先生の別の研究によると、AIに関するリテラシーやITスキル、物事をやり抜く力が高いほど、新しい情報技術の普及効果が高いと明らかになっています。AI時代においても、性格スキルの重要性は変わらないということです

雑多な話になりましたが、ご清聴ありがとうございました。

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ミキワメラボ編集部
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