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国内支店や海外勤務を経て経験を積み、
現地法人の経営に携わりたい

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伊東慶
海外事業企画部 中国・東アジア室
アシスタントマネージャー

学生時代にキャリアを選択する上で大事にしていたことを教えてください。

困難に直面しても諦めずに挑戦し続けること

どんなに困難なことに直面しても、仲間と目標を共有して諦めずに挑戦を続けることです。高校時代から持ち続けた価値観で、常にそうした環境に憧れていました。東京海上日動は、まさに求めていた環境だったと言えます。

それを大事にしたいと考えるようになったきっかけは何でしたか。

補欠でキャプテンになって奮闘した高校野球の経験

実は高校入学の時点で体重が100kgありました。でも、野球が大好きだったので野球部に入り懸命に練習しました。毎日の練習を通じて、体重を1ヶ月で30kgも落とすことに成功したのです。その努力が認められたのか、補欠にも関わらずキャプテンに任命されてしまいました。実力がないのに突然トップになり非常に困惑しました。練習を統括することも、みんなを鼓舞して一つにまとめることもできませんでした。正直に言って見事な失敗でした。この経験を通じて、困難な中でも諦めずに挑戦し続けることの大切さを噛み締めました。そうした環境下で頑張ることへの憧れが生じたと言えるかも知れません。

大阪中央支店で100店の代理店を担当し熱い薫陶を受ける

東京海上日動に入社してからの数々の経験を通して、そうした価値観がより明確になったと言えます。最も成長機会を与えられたのは、大阪中央支店の大阪ビジネスパーク支店での経験です。ここで初めて営業を担当し兼業・専業代理店さんを一人で100店ほど担当しました。経営者の皆様の仕事に対する熱い思い、厳しいアドバイスの数々。入社2年目で経験と情熱にあふれた経営者の方々のビジネスパートナーとして共に走り続けた経験は、この上ないほど貴重なものとなっています。

厳しい中国のマーケットで成長機会を与えられる

2011年には語学研修として中国の上海に赴任し、翌2012年より現地法人に着任しました。ここでの経験もまた、現在の自分を形成する大きな土台となっています。当時の中国はオリンピックや万博で盛り上がりを見せた後、尖閣諸島の問題で反日デモが起こるなど、日中関係が一気に悪化した時期。日系企業のサポートをするために着任したものの、日本人の駐在員が日ごとに減り、日系企業のお客様も重要なポストが日本人から中国人に変わっていく状況でした。しかも、当時の中国の保険マーケットは様々な法規制に縛られていてシェアのほとんどは現地企業が押さえ、残った数パーセントのシェアを外資系保険会社が20数社ひしめくレッドオーシャンの様相でした。こうした厳しい環境の中、日系企業の駐在員の方々のために何とかお役に立ちたい。その一心で16人の部下と共に奔走しました。時には、お客様の窓口となる担当者が中国の方に変わり、競合となる現地企業が我々の1/3の価格で見積もりを提示するなど、とても大変な局面もありました。そういった中、担当者の上司やお客様の本社である日本側に掛け合うなどして、なんとか踏ん張りその局面を乗り切っていきました。そうした経験のもと、ビジネスマンとしての揺るぎない基礎を築くことができたと思います。

学生時代の就職活動はどのように行いましたか。

外資系コンサルティング会社で受けた衝撃

大学時代は、モラトリアム人間でした。何も熱中することがなく、目標もないまま3年生の夏から就職活動を始めました。当時は外資系のコンサルティング会社がもてはやされており、何の気なしに受けてみました。そうしたら、恐ろしく意識の高い同世代がたくさんいまして衝撃を受けました。スーツの裾からサスペンダーが見え隠れするなど、ファッションもすごい。そこでの面接も「あなたが私たちに提供してくれる価値は何ですか?」と言うような、即戦力としての価値が問われるものでした。その印象が強かったせいか、業務より社員の人柄、自分との相性を軸に就職先を絞り込んで行きました。

最終的に入社の決め手になったことは何ですか。

面接官の方の人柄、自分との相性が決め手

面接官の方の人柄、自分との相性の良さで決めました。外資系コンサルティング会社の面接と真逆で、東京海上日動は現在の自分の可能性を見てくれました。私自身のことを見よう、私自身のことを理解しようという姿勢が如実に表れていて非常に好感を抱きました。結局、保険についても、会社のことも、あまり理解せずにお会いした方の人間性に惹かれて入社を決めたわけですが、大正解だったと思います。

働き始めてから入社前とのギャップはありましたか。

先輩が後輩の面倒をマンツーマンで見るSP制度に感激

これまでお会いした先輩、後輩、同僚、面接の時に感じたイメージと違わず、多くのことを学ばせていただきました。とくに、人材育成に関して思った以上の制度があり、驚きました。その代表的なものがSP制度。これは先輩の略でSPなのですが、一人の先輩が指導役として一人の新人の面倒を見るのです。私が新人の時にお世話になったSPの方は、年間100通ものアドバイスメールを下さいました。ご自分が新人だった時に苦労されてメモしていたこと、業務を通じて感じたことや実践したこと、読んだ本についてなど、多様な知見を形に残るようメールで送っていただきました。その中でも忘れられない言葉があります。それは、「競争相手は他人ではなく、昨日の自分である」と言うものです。その後の自分の支えとなったメッセージです。私も2008年に埼玉自動車営業第二部でSPをやった時にやはり同じようなメールアドバイスを行いました。よく泣く後輩だったのですが、お客様対応などで大きな成長を遂げる瞬間を目撃することができました。その後輩もやがてSPとして後輩の面倒を見るようになるなど、伝統が脈々と受け継がれているのです。

日本産業を下支えするほど、大きな役割を担う創造的な仕事

保険という商品も業務内容もほとんど知らずに入社したのですが、その役割の大きさと創造性は思いもよらないものでした。若手の時からマーケット・競合・商品分析を行い、社内のあらゆる部門や代理店さんと連携して様々な企画・提案を行います。お客様の業種は多種多様ですから、単一の保険を提案するのではありません。それぞれのビジネスをしっかり理解し、お客様に最適な保険をカスタマイズして一緒に組み立てていく。お客様のパートナーとして、一緒にビジネスを作り上げていく業務は、想像以上にクリエイティブな仕事と言えます。また、海外では世界に挑戦する総合商社、グローバルメーカー、中小企業などの日本企業に対して、海外で起こるあらゆる逆境に一緒に立ち向かいながら、現地スタッフと共に戦っていく。そのミッションは、まさに日本産業の未来を下支えすることにつながっていると思います。社内では本気のぶつかりがよくあります。しかしながら、それによって空気が悪くなるということはありません。社員の人たちも、自分に自信を持ちながらも、腰を低くし、自ら世界に飛び込み、相手の懐に入って話をする人が多いです。

今後はどのようなキャリアを歩んで行きたいですか。

営業や経営管理の経験を活かし現地法人の経営者を目指す

国内及び中国で営業を歴任した後、現在は経営管理を担当しています。売上から最終利益まで、進捗や管理などビジネスの中身を俯瞰しながら目指すべき方向に軌道修正する業務。これまでより経営視点が不可欠となります。様々な現場での営業経験と現在の経営管理の知見を活かして、将来的には現地法人の経営に携われるようになりたいです。

自身のキャリア選択に迷っている学生へのアドバイスをお願いします。

保険は、あらゆるビジネスに不可欠なインフラのような商品

やりたいことが明確になっていないのであれば、どういう人と仕事をしたいか?と言う観点で会社を選択するのも良いかと思います。そのためにも、広い視野を持って様々な人と実際に会って話を聞くことが大切です。保険は、あらゆるビジネスに不可欠なインフラのような商品。様々な国、あらゆる業種、日本全国津々浦々で必要とされています。新しい東京海上日動を一緒に作っていく仲間とお会いできるのを楽しみにしています。

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東京海上日動火災保険

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